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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)1566号 判決

原告 大元商事株式会社

被告 佐藤徳郎

主文

被告は原告に対し金四十五万円及びこれに対する昭和二十九年三月八日からその支払の済むまで年六分の割合による金員を支払うべし。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り金十万円の担保を供して仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金四十八万九千八十円及びこれに対する昭和二十九年三月八日からその支払の済むまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決竝びに仮執行の宣言を求め、

請求の原因として

原告は宅地建物の売買周旋を目的とする会社で宅地建物取引業法により東京都知事登録小第一、二四四号の登録を受けているものであるが、昭和二十八年十月中被告からその所有の東京都中央区日本橋本町一丁目六番地の二にある家屋番号同町三〇八番木造スレート葺二階建店舗兼居宅一棟一、二階共各二十四坪九合八勺とその敷地三十六坪七合三勺(以下本件物件と呼ぶ)を代金八百五十万円以上で売却することの依頼(売買の代理及び媒介をすることの依頼を含む)を受けたので、新聞広告までもしてその成立について努力を払つた。しかるに、被告はその間不信にも原告から本件物件の所在地及び所有者の氏名等を聞き取り被告に対しこれが買受の希望を申出た訴外小西英雄と原告を除外して直接に売買の交渉を行い、遂にこれを代金五百五十万円で同人に売却し、昭和二十九年一月十九日所有権移転登記を受け、原告に対しては一銭の報酬の支払もしない。

元来本件売買の依頼は宅地建物取引業法第十七条第一項に基く東京都告示第九九八号による報酬及び費用を支払うべき旨の合意の下になされたものであつて、この合意による原告の報酬請求権は原告が本件物件の売買を成立せしめることを条件として発生する停止条件附権利であるから、被告が前叙のように原告を除外して小西と直接に売買契約をしたのは右条件の成就を妨げたことに帰するのであり、従つて、原告は民法第百三十条により条件が成就したものとみなして報酬の請求をなし得るものというべきである。しかして、前記告示によると、取引額が四百万円を超える場合には、二百万円までの部分につきその百分の五、二百万円を超え四百万円までの部分につきその百分の四、四百万円を超える部分につきその百分の三の報酬を依頼者及びその相手から各別に受けることができ、若し相手方がその支払について同意しないときはその分は別途に依頼者に請求できることゝなつているから、被告は前叙のように本件物件を小西に売却したことにより原告に対し四十五万円の報酬金を支払う義務を負担するに至つたものである。

[(2,000,000.00×5/100+2,000,000.00×4/100+1,500,000.00×3/100)×2 = 450,000.00]。

仮に右報酬請求権が認められないとしても、宅地建物取引業者にその売買を依頼した者はその契約(かような依頼は委任又は準委任契約である)の解除権を放棄する暗黙の意思で依頼したものとすべきであるから、被告が先に指摘したように原告を除外して本件物件を小西に売却したのはその債務不履行である。しかして原告は被告にこの債務不履行がなかつたとすれば、本件物件を少くとも代金五百五十万円で他に売却する契約をすることができ前段設示の理由により同設示における同額の利益を得べかりしものであるから、被告は原告に対しこれが損害賠償の義務を有すべきである。

なお、原告は本件につき被告の要請により昭和二十八年十月十三日から昭和二十九年一月二十五日までの間朝日、読売、毎日、日本経済、生活新報の各新聞紙に前後二十四回の広告をしその料金三万九千八十円を支出したが、前記告示によると、かような費用は依頼者に別途に請求し得るものであるから、被告は原告に対しこれが償還義務を免れ得ない。

よつて、前記報酬金乃至損害金四十五万円と同広告料三万九千八十円、合計四十八万九千八十円とこれに対する訴状送達の翌日の昭和二十九年三月八日からその支払の済むまで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ次第であると述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、原告の主張事実中、原告がその主張のような会社でその主張のような登録を受けていること、被告が昭和二十八年十月中原告に対し本件物件の売買をしたこと、被告がその為本件物件を小西英雄に売却し、昭和二十九年一月十九日その所有権移転登記を受けたこと及び原告主張のような東京都の告示のあることは認めるが、その他の事実は争う。

宅地建物売買業者に対する売買依頼者からの報酬に関しては現実に売買を成立せしめてその取引に立ち会つた業者のみが報酬を受け得るものとする商慣習があり、本件依頼もこの慣習による意思でなされたものである。ところで、被告と小西英雄との間の本件物件の売買は被告代理人の大園時喜と小西とが友人でその両者の話合で成立したものであり、原告は全然これに関与しなかつたものであるから原告にはこれについて報酬請求権はない。なお、被告は原告に対しその主張のような新聞広告をすることを要請したことはなく、原告がその主張のような広告をしたとすれば、それは原告が本件物件の売買により不当な利潤を得んとしてしたものに外ならないから被告にはその料金償還の義務はない。と述べた。〈立証省略〉

理由

原告がその主張のような会社でその主張のような登録を受けていること、被告が昭和二十八年十月中原告に対し本件物件の売買を依頼したこと、その後被告が本件物件を原告を除外して直接小西英雄に売却し、昭和二十九年一月十九日その所有権移転登記を受けたこと及び原告主張のような東京都の告示のあることは当事者間に争がなく、そして、右依頼が原告主張のような報酬を支払う合意の下になされたものであることは証人和地シモ、平尾とみ子の各証言と原告代表者尋問の結果とを綜合して、また右売買代金が五百五十万円であつたことは被告本人尋問の結果に徴してそれぞれこれを認めることができ、この認定を動かすに足る証拠はない。

一、報酬金の請求について、

当事者の一方が相手方に対し法律行為をすることを依頼し、相手方がその行為をしたことに対し、一定の報酬を支払うことを約束した場合に、この報酬について相手方の有する権利は当該法律行為の成立をその発生要件とする一種の停止条件附の権利に外ならないから、当事者の一方が当該法律行為の成立を妨げたときは相手方は民法第百三十条によりその法律行為が成立したものとみなすことができるものというべきである。しかして、宅地建物取引業者に宅地建物の売買を依頼した者が、これについて業者を除外し直接他人とその売買契約をすることが、業者が依頼せられた売買をするのを妨げるものであることは論を待たないところであるから、被告が前叙のように原告に本件物件の売買を依頼して置きながら後に原告を除外して小西と直接その売買契約をした以上、原告はその売買を自らしたものとみなして約定の報酬を請求し得るものといわなければならない。この結論は被告に酷に失するものと思われるかも知れないが、他人に売買を依頼するのは委任であり、被告において原告の介在を排除せんと欲するならば、被告は何時でも原告の損害を賠償してその依頼を解除して報酬請求権の発生を阻止することのできる地位にあつたのであつて、右報酬請求権の発生は被告がこの解除権を行使したことを主張も立証もしないことによるものであるから、被告はこの点については身から出た錆としてその不利益を忍ぶ外はないのである。

よつて進んで報酬の額について按ずるに、前記告示によると、宅地建物取引業者が宅地建物の売買を依頼せられたときは原告主張のような報酬を依頼者に請求し得ると共に、依頼者の相手方が別途にこれと同額の報酬を支払うことに同意しないときはその分を更に依頼者に請求し得るものであり、そして、本件のような場合に原告が依頼者の相手方である小西に対し直接報酬の支払についての同意を求め得べき地位になく、しかもその事態が、被告が原告を除外し小西と直接売買契約をしたことによるものであることは論を待たないところであるから、被告は原告に対し右告示の定めによつて算定せられる四十五万円の報酬金支払の義務を免れ得ないものといわなければならない。

被告は宅地建物売買業者に対する売買依頼者からの報酬に関しては現実に売買を成立せしめてその取引に立ち会つた業者のみが報酬を受け得るものとする商慣習があると主張するけれども、被告の全立証によつてもそのような慣習のあることを認めることはできないから、その慣習の存在を前提として前認定の報酬金支払義務を否定せんとする被告の主張は採用の限りではない。

二、新聞広告料金の償還請求について

原告がその主張のような新聞広告をしてその料金三万九千百十円(その料金を三万九千八十円であるとする原告の主張は誤算によるものと認められる)を支出したことは成立に争のない甲第四号証の一乃至二十四と証人平尾とみ子の証言によつて真正に成立したことが認められる同第五号証の一乃至五、第六号証の一乃至八とを綜合してこれを認めるに充分であるけれども、前記告示は宅地建物取引業者は所定の報酬と依頼者の要請によつて新聞その他に行つた広告料金以外には案内料又は申込料その他名目のいかんを問わずこれを請求し得ないことを規定しているのであつて、宅地建物取引業の性質から考えると、右告示にいわゆる依頼の要請によつて新聞その他に行つた広告というのは、依頼者が至急にその目的を達するため又はその他の理由により特に業者に頼んでして貰つた広告を指し、業者が依頼に係る売買の申込を誘引するために自ら進んで行つた広告を含まないものと解するのを相当とするのであるが、本件を通じて被告が原告主張のような新聞広告をすることを特に原告に頼んだことを認めるに足る証拠はないから、右告示を前提として被告は原告に対し前記広告料金を償還する義務がある旨の原告の主張はいわれのないものというべきである。

三、結び

以上説明のとおりであるから原告の本訴請求中報酬金四十五万円とこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明白な昭和二十九年三月八日からその支払の済むまで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容し、その他は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈)

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